瑞姫の浪曲を聴く会 入魂のニューアルバム 『浪曲 鰍沢』を携えて、初の独演会を開催

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■文:原田和典  写真:上本紀子

日一日と暑くなる浅草の午後に、浪曲の風が爽やかに吹く昨年とまったく同じ日、同じ場所で、さらにコクを増した“瑞姫節”を満喫した。

 6月25日、東京・浅草木馬亭で「瑞姫の浪曲を聴く会 独演会・江戸男のこころ粋」が開催された。そう、今回の「瑞姫の会」は独演会である。とことんまで瑞姫の抑揚に富むパフォーマンス、鉄壁の連携を組む曲師(三味線奏者)の虹友美とのコンビネーションに浸ることができた。
 前半は、長編『浪曲 櫻川と黒鷲・後篇 ~ 幡随院長兵衛傅より』。いわばこれは、「ライバル物語」もしくは「推し対決」。町奴(まちやっこ)の代表格である幡随院長兵衛と推し力士の櫻川、旗本奴(はたもとやっこ)の水野十郎左衛門と推し力士・黒鷲の物語である。幡随院長兵衛といえば、かつて筆者は北島三郎が演じていた舞台を見に行ったことがあるのだが、今度は瑞姫のストーリーテリングに応じて「長兵衛像」をリアルタイムで頭の中で組み立てていかなければならない。義理、人情、しがらみ、勝負師としてのプライドが渦巻く筋書きを、くっきりと、明快に2023年の世にたちあがらせる瑞姫と、その声を引き立てる虹友美の音使いに、いやがおうにも集中させられる。

エッジが立っていて、ガッツがあって、高揚感を与えてくれるのだ

 中入りで6月11日に発売されたニューアルバム『浪曲 鰍沢(かじかざわ)』に関連するエピソードが瑞姫とプロデューサー・いちばけいによって語られ、後半は、いよいよ同曲をライヴで披露。昨年、NHK-FMの老舗番組「浪曲十八番」でも話題を呼んだ「鰍沢」の完全版である。渋沢栄一や徳川慶喜とも交流があったという初代 三遊亭圓朝が創作したという説もある人情噺だが、瑞姫は話の結末に膨らみを持たせるなど独自のアレンジを加えるとともに、プロデューサーの発案を受けて、その前後に虹友美による「プロローグ~雪またぎ」、「エピローグ~春のなごみ」を挿入のうえアルバム化した。
 この日のパフォーマンスはアルバム同様の構成で、瑞姫と虹友美による声と三味線の丁々発止は、まるでロックにおける、ヴォーカリストとギタリストの呼応(たとえるならスティーヴン・タイラーとジョー・ペリーのような)を思わせた。エッジが立っていて、ガッツがあって、高揚感を与えてくれるのだ。気が付くと約2時間が過ぎていた。最近はタイパという言葉もすっかり定着してしまい、楽曲を早回しして聴くひともいるらしいが、ある程度の時間をかけなければ心に染みてこないものは断じて変わらずにあり、この日の長編浪曲は「歴史旅行」と「時間旅行」の確かな感触を与えてくれた。昨年11月には「すみだストリートジャズフェスティバルinひきふね」にも登場した瑞姫。浪曲のグルーヴが、さらに幅広い層に浸透していくのも時間の問題だろう。