水止舞 無病息災、良いことがありますように! 約700年の歴史を持つ伝統芸能が3年ぶりに開催。青空の下、ホラ貝がパワフルに響き渡る
■取材・文・写真 / 原田和典
キャラクター設定としては、龍神=雨乞い、獅子=水止
猛暑の7月10日、東京都大田区の柳紅山 厳正寺(ごんしょうじ)で「水止舞」が3年ぶりに開催された。「水止」は“みずどめ”、もしくは“すいし”と読む。昭和38年(1963年)に東京都無形民俗文化財に指定された伝統芸能だ。
起源は遠く元亨(げんこう)元年(1321年)までさかのぼるという。現在の大田区にある大森町地域が大干ばつに見舞われた際、厳正寺の住職が、わらで龍の像を作って雨乞いの祈祷をした。だが効果が強すぎたのか、その2年後に長雨が続いて田畑流出などの水害が起きてしまう。住職は獅子の仮面を3つ作り、農民がホラ貝を吹き、太鼓を叩き、舞いを繰り広げたところ、雨はすっかり止んだそうだ。
「水止舞」は昭和12年(1937年)の支那事変を受けて中止され、昭和29年(1954年)に再開。当時は門外不出の伝統芸能であった。
内容は「雨乞い」と「雨止め」の二部構成になっている、といっていいだろう。キャラクター設定としては、龍神=雨乞い、獅子=水止である。
動と静の対比が圧巻
水の神である龍神を表すのは、わらで編まれた縄に包まれた男性ふたり。ちょっと見た感じ、まるでコロネのようだと思って筆者は見ていたのだが、それもつかの間、龍神たちは担がれたり道路に降ろされながら厳正寺に向かって移動し(これを「道行(みちゆき)」という)、何度も何度も豪快に水をかけられていく。その都度、ホラ貝を吹くのは「喜びを表している」のだとか。
気がつくと、われわれ見る側もびしょ濡れだ。「見物人にも水がたっぷりかかる」「濡れる」とは事前にきいていたけれど、筆者は数年前に「ソンクラン」(水かけ祭り)真っ盛りのタイに出かけ、曲がり角のたびに水をかけられたり、元気のいい子どもたちから水鉄砲攻撃をさんざん食らったことがあるので、どこか懐かしい気持ちになりつつ、龍神に続くセカンド・ライン——-牡丹が描かれた扇子を持った子どもたち、笛の演奏家たち、花笠をかぶり、ささら(打楽器)を鳴らす「花籠」らが通り過ぎるのを見つめた。
やがて舞台は路上から厳正寺に移され、龍神は特設の舞台に運ばれる。龍神を巻いていた縄は解かれ(この時点で龍は獅子となる)、土俵のように丸く並べられていく。それが「雨乞い」パートから「雨止め」パートへの移行だ。そこから、全6編からなる、舞が始まる。赤い面の雄獅子、金の面の雌獅子、黒い面の若獅子。繊細な笛の音色、獅子たちのおごそかな動き。続いて獅子は観客に歩み寄り、無病息災、良いことがありますようにという願いを込めて、頭の上に獅子を乗せる。
路上での激しさとは一転、実に端正な儀式が繰り広げられた。この動と静の対比も、「水止舞」が幅広い層の見物人をひきつける理由のひとつであるはずだ。